地上戦用の次世代MSとして製造されたグフですが、その設計の肝は近接時に非常に強いと言うことです。遠距離・中距離は既存のザク武装(マシンガンとかバズーカとか)を装備すれば間に合うと考えられていたと言うこともあるでしょうが、それにしてもどうしてそこを重視したのでしょうか。
地上においてジオン軍は基本的に機動戦を行います。これは少数の兵力で敵陣を浸透し敵軍を各個撃破していくために必要だからですが、そのためには堅い敵前線を迂回し、後方に回り込む必要があります。しかし、迂回しても強力な特火点がルート上に無いと言うことはあり得ません。一つ二つは防衛陣地が存在してきます。もちろん時間をかけて攻略すれば簡単にその陣地は落ちますが、迂回時にそんなことをすれば送られてくる敵の増援と戦闘になってしまいます。そうなれば機動戦による短期決戦は行えず、それどころか火力戦による消耗戦となってしまいます。時間は数で劣るジオンにとって勝つための重要なファクターです。
故に、特火点はなんとしても短時間でつぶさねばなりません。
その任務として考えられたのがグフです。
すでにMSを保有していたジオンにとって機動部隊に拘束を与える特火点とは陣地にこもったMS部隊であり、これを撃破するためには当然対MS戦闘で勝てるMSが必要です。
グフB型のヒートロッドやヒート剣の装備はこのあたりに理由があります。ヒートロッドは触れたMSに電気的ショートを起こさせ短時間で戦闘力を奪えますし、ヒート剣は構造物破壊に優れた斧と違い対人形態をしたMSに対して使用するのに適しているからです。
逆にC型のバリエーションは鞭や剣といった近接武器ではなく、指に搭載した小口径マシンガンを装備しています。
これは近接時に剣を振り回すより少しだけ遠距離から攻撃する事を考えてのものでした。しかし、高射砲や陣地といった対地目標には十分な威力の75o砲も、MSを相手にするには打撃力不足だったのです(実際、対MSマシンガンとしてコストパフォーマンスに優れるのは90ミリ級が必要とされていました)。
ですが、対地攻撃に十分であるCシリーズは未だMSの数のそろわない連邦を相手にするには必要なものでした。なぜなら一年戦争の開戦初期から中期にかけての期間、連邦軍の特火点とは61式戦車と高射砲であり、フィンガーバルカンで掃射する方がコストパフォーマンスに優れていたからです。いかにも中途半端な存在であるCシリーズの研究が続いたのは以上のような理由があったためです。
このため、陣地火力に耐えられる突破用MSとして両指マシンガン装備でかつ装甲を強化した重装型グフの開発が行われることになります。
しかし、大戦後半には連邦のMSが出現するようになりCシリーズは火力不足になり(そもそもの対抗目標が違うのだから仕方ないのですが)欠陥機扱いされてしまうのです。そして代わりに注目を浴びたのが戦争前から計画され用意されていたのに待ちぼうけを食らわされ続けていた対MS用途MSであるBシリーズであり、その改良型であるB3なのです。
一方のH型は、ジオン空挺部隊(と言うよりガウで運用される機動部隊)の露払いとして、先行して特火点(特に対空部隊)の掃討を行うワイルドウィーゼル機でした。これによってガウを安全に敵地まで運び込ませることを目標としているのです。それゆえ、対MS戦闘を行う必要性は薄く、Cシリーズの機体を基本として(というか、両指マシンガン装備の機体を基本として)発展していくことになります。
もっとも、H型は技術的に実現が不可能であり、結局その開発は失敗してしまうのです。
以上のことから、グフはいろいろなバリエーションが開発されましたが、主力部隊が敵陣地を蹂躙するために障害となる特火点の撃破という用途からは首尾一貫してぶれていないことがわかります。
グフ自体生産数がたいしたことなくとも名機と呼ばれたのは性能もさることながらその運用思想がぶれなかったからと言うことが大きいでしょう。
しかし、不幸なことに、MSの性能が向上し、旧態たる陣地は相対的に戦力が低下し、特火点として機能しなくなります。高性能な新型MS──ドムの開発は、ジオンが戦前から想定していたドクトリンを完全に過去の物へと追いやってしまいます。
そのため、1年戦争後もジオンの後継者たちは、ドムの後継機の開発を行うことはあってもグフの後継機を製造することはなかったのです。


